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古墳時代における仏教(特に弥勒信仰)の様相

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古墳時代における仏教(特に弥勒信仰)の様相

僕はいま、欽明・敏達朝における高句麗使節来着を題材に歴史創作を細々とやっている。 この高句麗使節について『三国史記』「高句麗本紀」には記されていないので、実際にあったかの確かめようはないが、古代の日朝関係を垣間見える興味深い事件であることに変わりはない。 あったことして考えてみると、高句麗は倭国と外交をするにあたって何かしら献じた物があるはず。 その中に、僧や経典があったのではないか、というのが、表題の件について調べるきっかけだった。 この時に渡来した可能性がある法師がいる。 高句麗使節来着事件から十年余り経過した敏達天皇十三年条に見える、高句麗僧・|恵便《えべん》だ。 百済から|鹿深臣《こうかのおみ》が弥勒の石像を持ってきて、|佐伯連《さえきのむらじ》も一体の仏像を持ってきた。 この時、|蘇我馬子《そがのうまこ》はこの仏像を得て寺を造りたいと考え、指導する法師を四方に求め探させたところ、播磨国に還俗した高句麗僧・恵便という人がいたので、馬子は彼を師とした、というのである。 敏達天皇十三年時点で還俗していたのであれば、それより前に恵便は倭国に渡来していたと考えたほうが自然だし

By 大藤やすみ