多麻文庫

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川崎市高津区で飛鳥時代の倉庫が復元。初日見学レポ。(橘樹歴史公園)

2024年5月18日、神奈川県川崎市の|橘樹《たちばな》|官衙《かんが》遺跡群が橘樹歴史公園として整備され、飛鳥時代(7世紀後半)の復元倉庫が公開されました! 飛鳥時代の倉庫として復元は全国初。 当日はオープン記念式典が催され、橘樹郡司に扮した福田紀彦市長のあいさつ、閉封の儀と称した倉庫に鍵を掛けるセレモニー、建物新築の際に用いられる雅楽「|賀殿《かてん》」が上演されました。 川崎市制100年という節目ということも相まってか、市はかなりここの整備・活用に注力している印象を受けます。 僕も同市民として復元倉庫の公開を楽しみにしていましたが、前日に夜ふかしをしてしまったため、寝坊して式典を見逃してしまいました⋯⋯。 とはいえ、公開初日に見に行きたいのがファン心というもの。 その日の昼過ぎに、復元倉庫を見に行ってきました。 市バス・東急バス「|影向寺《ようごうじ》」バス停で降ります。眼の前の信号には、「橘樹官衙入口」の標識が。 ここから歩いて3分ほど、住宅街の細い坂道を北へと上っていった先が、橘樹歴史公園です。 復元倉庫の仕様 復元倉庫の仕様は、高さは約9.3m、横幅・奥行き

By 大藤やすみ
古墳時代における仏教(特に弥勒信仰)の様相

古墳時代における仏教(特に弥勒信仰)の様相

僕はいま、欽明・敏達朝における高句麗使節来着を題材に歴史創作を細々とやっている。 この高句麗使節について『三国史記』「高句麗本紀」には記されていないので、実際にあったかの確かめようはないが、古代の日朝関係を垣間見える興味深い事件であることに変わりはない。 あったことして考えてみると、高句麗は倭国と外交をするにあたって何かしら献じた物があるはず。 その中に、僧や経典があったのではないか、というのが、表題の件について調べるきっかけだった。 この時に渡来した可能性がある法師がいる。 高句麗使節来着事件から十年余り経過した敏達天皇十三年条に見える、高句麗僧・|恵便《えべん》だ。 百済から|鹿深臣《こうかのおみ》が弥勒の石像を持ってきて、|佐伯連《さえきのむらじ》も一体の仏像を持ってきた。 この時、|蘇我馬子《そがのうまこ》はこの仏像を得て寺を造りたいと考え、指導する法師を四方に求め探させたところ、播磨国に還俗した高句麗僧・恵便という人がいたので、馬子は彼を師とした、というのである。 敏達天皇十三年時点で還俗していたのであれば、それより前に恵便は倭国に渡来していたと考えたほうが自然だし

By 大藤やすみ